気まぐれなアイドル
カキイン カキィン
小気味のよいバットの音が響く、十二支高校のグラウンド。
快音を生んでいるのは十二支高校1年、猿野天国のバットだった。
実は彼が「HEAVEN」という世界的に有名なモデルであることが知れたのは先日のこと。
だが、彼の所属していた事務所や公認FCの配慮(脅しも含む)により、
天国個人は恙無く日常生活を送っていた。
受ける視線の質と量は著しく変化していたのだが。
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その日の朝練も問題なく終了し、部員達は更衣室に入っていった。
そして着替える最中。天国はふと質問された。
「あ、なー猿野お前Sa。ちょっと前に「Lissa」の表紙に出てたよな。
聞いてきたのは2年生、虎鉄大河だった。
彼も含め、部員たちは天国の正体がばれても、特に態度を変えることは無かった。
それが天国には嬉しかった。
そのため、ちょっとしたギョーカイ裏話など、企業秘密に関わること意外はすこしばかり話したりしていた。
「ああ、1年ちかく前に撮ったやつですね。」
虎鉄の言った雑誌名は天国も覚えがあった。
まだ休業を秘密にしていた時に撮ったものだったはずだ。
「その時に一緒にいた外国人、アイツなんてったっKe?」
「ヴィルフォードの事ですか?」
その時の相棒は比較的自分とも仲のよいモデル仲間でライバルだったイギリス人だ。
ヴィルフォード・ローレンス 20歳、通称ウィル。
天国にとっては英語の先生でもあり、
彼からは今でも評判になったキングスイングリッシュを叩き込まれたものだ。
「アッシュブロンドでオレよりだいぶ背が高い奴でしょ?
生真面目だけどいい奴で、結構仲は良かったっすよ。」
「…そうそう、そいつDa。」
天国の言葉にすこしばかり遠い世界の人物であることを感じ。
虎鉄は少し戸惑いと寂しさを感じたが。
だが、今は気にしないことにして質問を続けた。
「そいつが来日したって噂が流れてたZe?
なんかお前と関係あるのかと思ってYo。」
「ウィルが?」
天国にとっては初耳だった。
確か一度来たいとは言っていたことがあったが…。
ヴィルフィードの仕事は欧米が中心だったはずだ。
「いや…聞いてないっすね。」
「そっKa?ならいいんだけどNa。」
その答えに安心したように、虎鉄は笑った。
天国が十二支からいなくなるようなことは…ない、と。
安堵した。
「多分なんか新しい仕事でしょうね…。」
そう思い、天国は納得することにした。
この話題の主がこのあと騒動を持ってくることになるとは、誰も予想できなかった。
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「Mrs.沢松。ここまで出向いてくださりありがとうございます。」
「礼には及ばないわウィル。
でもまさかこんないきなり日本に行くとは思わなかったわ。」
「突然で申し訳ありません。
でもHEAVENが…アマクニがモデルを休業したと聞いて…いてもたってもいられなくなって。」
「あらあら、クール・ウィルともあろう貴方をそこまでさせるなんて。
さすが天国くんね。」
「当然です…!アマクニは…僕にとって…。」
目の前の美しい青年が情熱的に語る様を、沢松夫人は楽しげに見ていた。
ここにも彼に人間らしさを教えられた存在がいる。
「それは本人にいいなさいな。
さ、数日後には出発よ。」
「はい。」
嵐が到来するのは、数日後と。
遠く離れた海の向こうで、密かに決まっていた。
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異国の空港で一人がほたえてから半日後のことだった。
その日、天国は家から少し離れた大手の本屋に訪れていた。
(一応)変装用の眼鏡をかけていたので、特に問題はなかった…はずだが。
分厚い洋書を立ち読んでいる知的な美少年が眼に入らないわけはなかった。
そんなわけで勇気ある女子高生の一グループが天国に声をかけた。
「あの〜…もしかして。」
「へ。」
「あ!やっぱり…!」
(やば!)
どうやら早速バレたらしい。
即効でごまかす方法を思案しかける。
が、そのとき。
「おー。こんなとこにいたのか?」
「!」
突然聞いたことのある声が別方向から耳に入る。
その方向を天国が向くと、そこに居たのは。
「御柳…?!」
「よ、久々。」
華武高校1年、御柳芭唐だった。
そういえばこの辺は華武高校の近くだっけ、となんとなしに思い出す。
「あ、ご…ごめんなさい!」
「え?あ。」
どうやらなけなしの勇気を振り絞っていたらしい女子高生は、予想外の展開に耐えられなかったのか
その場を立ち去っていった。
「行ったぜ。」
「…悪い、助かった。」
御柳が自分を助けてくれたのはよく分かったので、天国は素直に礼を言った。
「で、お前こんなとこで何してんの?」
「あ?ああ。本探しだよ。ここの本屋品揃えいいからな。」
「ふーん…。」
そう言われて、御柳は天国が手に取っている本とそのコーナーに眼を向ける。
どッからどう見ても英語が立ち並ぶ洋書コーナーである。
「お前えーごとか読めるんだ…。」
素直に感嘆の声を上げた。
すると。
「愚問気〜〜┐(-。-)┌。」
「世界を股にかけてるモデル相手に何言ってるんだ、お前は。」
呆れたような声を出しながら、二人の男子高校生が本棚の影から姿を見せる。
「…先輩方、何の御用ですか?」
ちっ、と顔で舌打ち(どんな日本語だ)する御柳を無視して天国の傍に来たのは
華武高校2年の朱牡丹録と同3年の帥仙刃六だった。
「久しぶりだな、猿野。」
「あ、ども。」
「無視かよ!」
「うるさ気だぞこの抜け駆け男( ̄- ̄)θ☆( ++)」
「本探しって、どんなのを読んでるんだ?」
「ミステリーっすよ。海外のも結構面白いんで。」
質問に答えていると朱牡丹と御柳がマジマジと自分の顔を眺めているのに気づいた。
「何だよ?」
「いや、お前眼鏡似合うなと思ってよ。」
「うん。何か綺麗にハマってるって感じ気(个_个)」
「そっか?」
天国は知的な笑みを浮かべる。
その笑顔は3人の純粋な(?)男子高校生の胸にクリティカルヒットを食らわせた。
「…お前、計算じゃないだろうな?」
帥仙が赤くなった顔をごまかすように俯きながら文句を言った。
「何のことっすか?」
「や、なんでもねーよ。」
「…ところでさ、なー猿野。」
「ん?何だよ。」
3人そろって照れてからしばらくして、御柳が思い出したように言った。
「英語教えてくれね?」
「英語?ああ、いいぜ。いつにする?」
二言でなんかえらいことが決まっていた。
「「!!」」
それに気づくまで、1分ほどかかったことは…言うまでもない、と思う。
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「さ、あと数時間で東京よ。」
「Mrs.沢松、このあとアマクニの住むサイタマまではどれくらいなんですか?」
「車で少しよ。…でももう日本は夜だから今日はホテルに泊まって、明日にしましょう。」
「…分かりました。」
「息子には電話しておくからね。」
さて、一騒動まであとすこし。
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「おーい、猿野ー。来たぞ。」
「御柳…?!!」
さて華武高校の面々と天国が人知れず(?)約束を交わした翌日。
果たして御柳・屑桐・朱牡丹・久芒・そして帥仙の5人が十二支高校に現れた。
流石に翌日と約束した覚えのない天国は、面食らう。
「お前、明日なんて言ってねーだろうが!」
「えー、だって。善は急げって言うじゃね?」
「どこが善だどこが!!」
かなり顔を近づけて御柳に凄むが、効いている様子は全くない。
しかしその状態は周りにいる別の面々に激しく効果をもたらした。
「とりあえず…離れろ、バカ猿。」
いつの間にやらその場に現れたのは犬飼。
「あぁ?オレと猿野の時間を邪魔するんじゃねーよ。」
以前ほど険悪ではなくとも、流石に友好にはなっていない二人はいつもどおり火花を散らす。
すると背後から。
「そんな表現するような状況には見えないがな。」
ひょい、と後ろから屑桐が御柳の襟首を掴み嗜めた。
「んーなことより、とっととどっか店行こうぜ。おベンキョー会だろ。」
いつも通りどこか気怠るげに、だが早々に用件にたどりつこうと帥仙も口を挟んだ。
すると。
「アンタがそんなに勉強熱心だったとは思えなかったな。」
どこから出てきたのか今度は一宮が現れる。
「あ?アンタ誰。」
「こいつらの先輩だ。」
帥仙の眼力(?)に押されることもなく、一宮は答える。
「でもオレたちも猿野と約束してた気。せっかく出向いたのに無視はなさ気じゃない?(;¬ ¬)」
「Hahha〜、約束ってのは一方的にするもんじゃねーZe?」
今度は朱牡丹に、虎鉄が応える。
「一方的じゃないングよ?猿野も承知してくれたって聞いてるング。」
「けど今日来たのは一方的にしか見えんとね〜。」
そして久芒の言葉には猪里が応えた。
そして。
「今日のところは、帰ってもらえないかな?
猿野くんは僕たちと約束があるんだけど?」
「ほう、学生の本分を放り出してまでの用事なのか?牛尾。」
真打ちが登場した。
そしてその場は若い炎(黒いが)が燃え上がり…。
「……なんでいつの間にこんなことに…。」
天国本人が気付いた時は一触即発の状態になっていた。
その時。
「アマクニ!!!!」
「え?!」
突如聞こえてきた声は、明らかに日本語の発音ではなかった。
そしてその内容は、この場の中心人物。
そこにいる全員が、声の方に向くのには理由は十分だった。
果たしてそこにいたのは。
「ウィル…??!!」
十二分に存在感のある外国人。
アッシュブロンドの髪がよく映え、整った長身。
彼の正体に気付いたのは天国以外では一人だけだった。
「ヴィ、ヴィルフォード・ローレンス??!!」
「…?誰だ、それは。」
驚いた虎鉄は屑桐の質問に答えなかったが、その名前で気付いた朱牡丹が変わりに返答する。
同じように、驚いて。
「HEAVEN…猿野のライバル気…です。モデルの…。(o。o;) 」
「な…。」
「何だって?!」
「マジかよ…。」
「何だってここに…!」
「まさか、猿野を連れング…。」
最後の久芒の言葉に、その場に居る天国とヴィルフォード以外の全員が、ぎくりとした。
「アマクニ、会いたかった…!」
「ウィル、何でここに?!仕事でか?!」
「仕事は関係ないんだ、君がモデルを辞めたって聞いて…Mrs.サワマツに頼んで来たんだ。」
「はあ?!お前いつもの分刻みのスケジュールは?!」
「そんな事はいいんだ!それより…何故辞めるなんて…!
ああ、少し見ない間にこんなに手も傷ついてるじゃないか!!」
全て英語で交わされる二人の会話を全て把握できたのは…。
この場では一人だけだった。
「…あの、牛尾サン…何言ってるかわかりますKa?」
「……どうやら彼は相当に忙しい仕事の合間をぬって猿野くんに会いにきたらしいね…。」
二人の会話は続いていた。
「さあ、アマクニ早く戻ろう。
モデルを辞めて野球なんて一時の迷いだよ…君を失うのはファッション業界にも大きな痛手だ。」
ぴくり。
「君はこんな辺鄙なところで埋もれていられる存在じゃない!
大事な…僕の…。」
「僕の、なんです?」
聞き捨てならない言葉を聞いて、牛尾は自然と間に口を挟んでいた。
「何だBOY、日本人にしては英語がうまいようだが口を挟むな。失礼だ。」
「貴方こそ失礼ですよ。貴方は野球を…そして彼の選択を蔑む発言をした。
ここには彼との野球を心から好きな者ばかりが集まっているんです。
それに対して、一時の気の迷いと言われるのは心外ですね。」
「何も知らないくせにえらそうな口を叩くな!
お前はHEAVENの何を知っているんだ!」
「お前こそ「オレ」の何を知ってるんだよ?」
天国は冷ややかに聞いた。
「…アマクニ?」
その変貌は、言葉の分からない周りにも伝わった。
「…猿野、怒ってるな…。」
「何、言ったんだあのモデル。」
「…分からんが…牛尾が入っていったところを見るとどうやら野球も侮辱したのかもしれんな。」
「よく、分かるっすね。」
「あいつがあんな顔する時はたいがい、な。」
「オレは気の迷いで野球をやってるんじゃない。オレがずっと考えてきた選択だ。
お前こそ…オレを軽く見てるんじゃないのか?」
「…そんなことは…!」
「違うってんなら…オレの選んだ道に文句つけるんじゃねえよ。
モデルとしてのオレが惜しいって言ってくれるのは、嬉しいけどな。
オレは誰のためでもなく自分のために仕事をしてたんだ。
自分のために仕事を休んで自分のために…野球をする。
それが悪いなんてお前は思うのか?」
「…だが…。」
「お前は、オレの友だちだろ?ウィル。」
天国はまっすぐにウィルを見つめて、言った。
「…アマクニ…。」
「モデル仲間でお前だけはオレのこと「アマクニ」って呼んでくれただろ。
…それ、嬉しかったんだぜ。お前が「オレ」を見てくれてるって思ったから。「HEAVEN」じゃなくてな。」
「……。」
黙り込んだヴィルフォードに一息つくと。
天国はずっとこちらを見つめていた、仲間の方を向いた。
「オレさ、お前に教えてもらった英語をあいつらに教える約束したんだ。
…それも嬉しかった。
だから…お前にはわかって欲しい。いいよな?」
ヴィルフォードは、ゆっくりと顔を上げると。
天国に言った。
「…分かったよ。アマクニ。
押しかけてすまなかったな…。
でも、戻ってくることがあるなら…いつでも待ってる。」
そして牛尾にも小さく言った。
「BOY、君にもすまなかった。」
「…いえ。」
「アマクニの事、よろしく頼んだよ。…友人として、頼む。
あいつは気まぐれだけど…一度決めたら頑固だからね。」
「…ええ、よく分かりますよ。」
牛尾はそれだけ答えた。
本当は、ヴィルフォードの内にある想いに気付いていたけれど。
それを許せるほどには大人ではいられなかった。
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「…で、結局全員でかよ…。」
「いいじゃん、もう二人も先生がついたんだしな。」
結局その日、何故か牛尾邸で全員そろって英語の勉強会となった。
牛尾の堪能な英語を聞いて、天国が彼にも英語の教師役を頼んだのである。
そして人数も人数だし、ということでスペースの余りある牛尾の家に招待することになったのだ。
「で、牛尾さんちなのはいいんだけどYo…なんでこいつもいるんだ?!」
「コイツとはシツレイだぞ、BOY」
「アンタ、日本語うまいングね…。」
「アマクニに教わったんだv」
「……(-_-#)」
ついでに、何故かヴィルフォードも付いてきていた。
どうやら会った日に帰る予定で、ホテルもチェックアウトしていたのだ。
だが、そのまま帰るつもりだったヴィルフォードを天国が引き止めたのだ。
せっかく来てくれた友人を、冷たい言葉のまま帰すのが気が引けたらしい。
とはいえ、天国の家に泊めるのは周りが許さず。
利害の一致で牛尾邸に泊まることが決まった。
ついでに、実は日常会話には困らない程度に日本語が話せるヴィルフォードも、英語教師役となった。
流石に天国に教えた分、教え方はうまく。
かなり一晩で英語力上昇に貢献してもらったため、あまり文句は言えなかったそうだ。
勿論、彼が強力なライバルとして認定されたことは言うまでもない。
end
何ヶ月ぶりかでようやく完結しました、モデルシリーズ!
だんだんシリアスとギャグの境目がなくなってきたので、不自然さが増してますね…。
オリキャラも登場させていただき、楽しかったです。
夜魅さま、素敵なリクエスト本当にありがとうございました!
これからも頑張ります!!
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